偏食
何もしてやらなかった
自殺した息子は、
死ぬまで、食べ物の好き嫌いが激しく
食べられるものの方が、
食べられないものよりも
遥かに少なかったようです。
「ようです」と書かなけらば
いけないほど、
息子の事に無関心でした。
そんな、息子に対して、
僕はいつも、
「お前は、どうせ食べないだろう」
と言った言葉を頻繁に使っていました。
本当は、
「どうやれば食べられるの?」
と優しく聞かなければ
ならなかったのに。
何もしてやりませんでした。
やはり、自分勝手さと、愛情の欠如と、
息子への無関心が招いた
冷酷な言葉だったのでしょう。
この頃、過去のこんな自分の行動が、
何故かよく思い出されてきます。