亡き息子に捧げる

長男が自殺した父親が綴るあれこれです。息子を死に追いやってしまった自責の念は一生残ります。息子が僕に残した「お前の生き方は間違っている」というメッセージを心に刻み、日々もがいている自分の姿をそのまま書き綴りました。

行事の意味

神仏を否定した結果

今の僕は信仰心が篤くもなく

だからといって冷めてもいません。

きっとごく普通の日本人タイプでしょう。

しかしそうなったのは、

50歳過ぎてからで、既に息子は

20代半ばになっていました。

その前の僕は、

宗教は持たないし神仏も信じないし

それにまつわるお祭りや行事も

否定していました。

僕がこのような考えになったのは、

学者なので神仏を研究はするが

全く信じない父親の影響が全部だったと思います。

あんなに恨んでいた父の

この部分だけは何故父の反対をしなかったか

いまだによく分かりません...

神や仏がいるなら

なんで俺がこんなに親から

怒られるんだと言うような

幼稚な考えだったような気もします。

僕は神仏を否定しているので、

初詣は行かないし、

お宮参り、七五三、七夕など

およを子供の思い出になる行事は

一切やりませんでした。

その当時は子供が

大きな不幸に陥ってしまうとは

全く考えてもなかったので、

今では大きな後悔の一つです。

やはり「大切にされている感」を

子供が持たなければ、

寂しく、苦しい人生を送らせてしまいます。

もう遅いとは思いますが、

先日、次男に対して初めてこどもの日に

お祝いとして小額のお金をあげたのです。

少ないけど本当に喜んでくれました。

こんなこと普通ならば

子供が生まれた時からするのが親ですよね。

でも僕は、長男が命を削るまで、

分からなかったことなのです。

長男には何も出来ない

この苦しさと空しさ、

僕は一生抱えていくのです...